こういちくんのブログ

こういちくん(21)がいろいろ書きます。

ハイキュー田中から学んだメンタルの話

こんばんは。

 

 

Twitterあまりやらなくなりそうなので、代わりに短くても記事にしようかと思い始めました。

 

ジャンプの3週くらい前のハイキューが田中(坊主)回だったんですけど、それが僕にはすごくグッと来ました。

以下コミックス派にはネタバレになります。

 

試合中追い込まれた田中がそれでもめげずにボールを呼び続けるのが本当にカッコよかった。

その一連の田中の回想とかを見て少し思ったこと、というか影響を受けました。

 

「半年に1回くらい限りなくメンタルがマイナス寄りになった時に思う

自分は平凡なのだと」(田中)

これは試合中の田中の思考中のセリフです。

田中と比べて僕は常にメンタルがマイナスだし、自己対話を散々してるはずなのにこんなに客観的に自分のメンタルを見れてないなと思わされました。

自分のメンタルがプラスマイナスのどの位置にあるかって意外と意識しづらいんですよね。

マイナスの時はそれどころじゃないから。

でもこの回を読んで以降、自分のメンタルがどの状態にあるか、特にメンタルがマイナスに落ちていく瞬間を認識できるようになりました。

嫌なこと、うまくいかないことがあると気分がどんどんダウンになっていく。

この時に「あー今落ちてるな…」って心の中で思えてます。

落ちるのが認識できるのは大きな成長だとは思うんですけど、これだけじゃメンタルが落ちるのは防げません。

「あー落ちてる落ちてる…まずいまずい!気分上げてこう!!!」

ってのは結局現実から目を逸らしてるだけな気がして僕は上手くできない。

となるとやっぱり現実そのものを変えて納得出来るものにしていくしかないんでしょうね。これがとにかくしんどい。

僕のメンタルが落ちる原因はだいたい不甲斐ない自分です。

性格がネガティヴとかそういうことではなくただのリアリストだから性格から変える必要はないけど、その分ただただ自分のスペックを上げてくしかない。

 

今のところ自僕の人生は100点満点中、

0点

 

 

以上です。

 

 

こういち

 

笑顔の話

こんにちは。

 

プライベートでいろいろとやらかしてしまって僕はかなり参っているのですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 

心の整理も兼ねてそのプライベートのことを書こうかと思っていたのですが、不特定多数に公開しているこの場に書く勇気が出なかったのでちょっと違う話をします。

笑顔についてです。

 

6月頃から”就活ごっこ”を始めています。

マイナビとか眺めたり、インターンシップの合同説明会に行ったり、ES出してみたりしました。

”本気ではない”、”前座”といった意味での”就活ごっこ”です。

2ヶ月経って思うことは

「マジで僕は社会に向いてない」

この一点に尽きます。

いかんせん僕は社会にまだ出たことないので向いてるか否かの判断も出来るはずがない、ということも分かってはいるんですけどね。

 

僕が自分を社会に向いてないと思った一番の理由は、働く意味の見いだせなさです。

就活セミナーとかに行くと

「君たちの世代は定年65歳なわけないからね。70、80歳までは当たり前になるよ。」

って耳が痛くなるほど聞かされます。

この話自体の真偽はどうでもいいんです。

僕の世代の定年が65歳のままだったとしても大学卒業後40年以上働き続けることになります。

この事実が本当に受け入れられなくて、周りの就活生はどうやってこの事実を受け入れているのか気になります。大半の人はこのことを考えてすらいないと思うけど。

 

さて、本題に近づきます。

 

そんなことに悩みながら企業説明とか聞くんですけど、その中にはだいたい「仕事のやりがい」みたいな項目があって、「大きな後世に残る仕事」とか「途上国のインフラ改善によって社会貢献」とかいろいろ書かれてるわけです。

それを見て僕は「こいつらはこんなことをモチベーションにして40年間働けるのかよ」と思ってますます社会に向いてないなと思うわけです。

そしてやりがいとしてよく挙げられているのが「お客様の笑顔」です。

接客業以外でもよく挙げていますね。

Twitterでも何回か言ったけど、お客様って結局(会社に入らなければ)垢の他人なわけで、そんな奴らを笑顔にして本当に楽しいのか?

この笑顔についてがやりがいに関して一番理解できないものでした。

 

と言っても僕だって「笑顔が嫌い」みたいな悪人ではないんです。

今週は旅行兼ボランティアみたいな活動で新潟の方へ行ってたんですけど、そうやって人と関わっていると人を喜ばせたり笑わせたりするのはすごく好きだなって改めて気付かされます。

けどそこで僕が笑顔にしているのは僕にとってもともと大事な人たちであって、僕が守りたい笑顔ってのは彼らの笑顔だけなんですよね。

でもやっぱりあいつらの笑顔を裏切りたくねえなって思うと真っ当に社会に出て生きなきゃって思わされる、これこそがやりがいなんじゃないのかなと僕は思います。

結局綺麗ごとだけど、結婚して家庭持ったりして守りたいものがあることが仕事のやりがい然り、生きる意味になるんでしょうね。

 

就活失敗して同期とかにバカにされるのは嫌だなという見栄とプライドで今は就活してるとこもあるけど、

失敗したらあいつらの笑顔を失う、成功すればあいつらを笑顔にできるって考えれば少しだけポジティブに就活も人生も進められるのかなと思いました。

 

まあ今はその大事な人間関連で心が穏やかじゃなくなっているのでたいへん参っています。

来週は立て続けに友達に会えるのでそこでなんとかメンタル持ち直したいです。

 読んでくださりありがとうございます。

 

 

こういち

チェスターが死んだ。

こんばんは。

 

チェスター・ベニントンが死にました。

自殺だそうです。

 

 

リンキンパークは数少ない僕の好きなバンドの一つで、僕にとってその魅力の大部分はチェスターの歌だった。

生まれ変わったらチェスターの声になりたいと思っていたし、なんなら姓もベニントンがいい。

高校時代の友達に教えてもらって、CDも全部借りて、YouTubeで「Faint」のライブ映像を何度も見返していた。

音楽的にもいわゆる「ラップ・メタル」と打ち込みの多用、それから作られる「歌モノ」は僕にピンズドだったし、リンキンが僕の音楽性の一部を作り上げているのは間違いない。

リンキンと一緒にリンプとかもよく名前が上がるけど、僕はリンキンの「歌」、チェスターが好きだった。

 

僕はまだ21年しか生きていないので葬式も曾祖母(寝たきりで話したこともなかった)のしか経験がない。

芸能人の訃報も、いまいち知らない人のばかり。

僕は、"死”に対する経験が浅いのである。

 

チェスターの死は、深夜、ニュースが出てすぐにTwitterで知った。

取り乱したりはしなかったが、かなり動揺した。

僕が歳を重ねれば、それだけ他の人も、僕の大好きな人達も歳を取っていく。

そして当たり前だけど、最後には必ず死ぬ。

この先生きていく中で、数え切れないくらいの人の死に向き合っていかなきゃなのも分かってはいた。

それでもこうして、自分の好きな人が本当に死んでいく現実は衝撃的だった。

この話はUVERworldの新譜『TYCOON』の楽曲とも親和性があると思うので、アルバム聴いたらまた書きたいと思う。

 

 

また、このチェスターの死が色んな所で話題となっているのは言うまでもない。

その中から一つ、SiMのMAHのブログ記事を取り上げたい。

ameblo.jp

この記事、ロックミュージシャンの死について、間口を広く取ってとても丁寧に書かれている。

彼の知的さが表れたいい記事なのでぜひ読んでみて欲しい。

記事中で彼は、自殺の後に残された人びとの苦悩の観点から自殺を否定している(自殺を全否定はしていない)。

確かにこれは理解できるし、一般的にはこうした考えが自殺に対しては通説なのではないかと思う。

でも僕は、チェスターの死に触れてもこうは思えなかった。

 

こんな考えは間違っているし、誰からも否定されるだろうし、青臭いガキの発想なことも十分自覚している。

それでも僕は、チェスターが自殺しないといけないこの世界が許せない。

それに関して彼の自殺が否定されるのも本当に許せない。

言ってしまえば、

「チェスターなんかより死ぬべき奴らが腐るほどいるのに、どうしてチェスターなんだ?」

間違った、狂ったことを言ってるのは分かっちゃいるけど、それでもこう思ってしまう。

 

 

結局、僕はチェスターを、「リンキンパーク」のライブを見る機会を永久に失ってしまった。 

 

「いつか必ず人は死ぬ」「その死が今この瞬間に訪れてもおかしくない」

ありきたりな言葉だけど、この言葉を言い古して聞き古して、そのあとでやっとそのメッセージの普遍性に気がつけるという、不思議な構図。

こうした死生観は自分が死ぬまでずっと考え続けなきゃいけないんだろうね。

 

 

では。

 

 

こういち

一人称の話

こんばんは。

 

 

このブログのURL、僕が以前使っていたリアル用のTwitterアカウント名をそのまま使っているんですけど、

いざそれをGoogle検索に掛けてみたら2番目にこのブログが表示されてしまっていて、身バレも遠くないのではと恐怖しています。

ちなみにReal Racing フレンド募集スレへの僕の書き込みもヒットして面白いです。

 

と、見ての通り僕は一人称として「僕」を使っています。

「俺」も使いますが比率だと僕:俺=7:3くらいです。

 

そもそも言語としての一人称の多さは日本語は随一だと思います。

「私」「俺」「自分」「うち」…

日常的に使わない「オイラ」とか「某」とかを挙げれば本当にキリがないです。

「オイラ」というとどうぶつの森を思い出します。

たしかあれは一人称によってキャラクターの性格が別れていましたね。懐かしい。

DS全盛期に家族でそれぞれ村を作って遊んでたんですけど、最終的に父親が一番やりこんでました。

 

どうぶつの森の話はまた今度するとして、一人称の話です。

日本語に一人称がたくさんある、と言っても、現実的に日常で使うのは

「私」「僕」「俺」

くらいだと思います。

女性はほぼ「私」(わたしとあたしの差異はあれど)、

男性もほとんどが「俺」、社会人や敬語使う場面では「私」「僕」を使い分けるくらいかと思います。

社会人とプライベートで話した経験があまりないので普段は一人称「俺」なのかは分からないんですけど、

学生レベルだと「俺」以外の一人称を使ってる人って意外と少ないんですよね。

僕自身が一人称「僕」なのであまり自覚はなかったのですが、世間的にはマイノリティみたいです。

色々知り合いの一人称を思い出してみても、だいたい「俺」を使っています。

おとなしい性格の人も意外とみんな「俺」。

頭のなかで一人称「僕」を言わせてみると、まあ違和感が凄い。

 

もしかして、周りからは一人称「僕」、浮いてる…?

 

昔から一人称が「僕」だったわけではありません。

幼稚園の頃は一人称「こうちゃん」だったし、

小学生以降は周りに合わせて「俺」って言ってました。

(「俺」のイントネーションが違う奴クラスに必ず一人はいた、オ↑レ↓みたいな)

中学でも「俺」だったんですけど、先生と敬語で会話する時に「僕」って言うのがかっこいいのでは?って思い始め、以降敬語では「僕」と使うようになりました。

ですが気がつくと「僕」の方が使う頻度が高くなっていました。

使う比率は7:3くらいと書きましたが、「俺」を使うのはだいたい高校時代の仲いい友達とかで、相手によって自然と使い分けています。

決して「僕」を使うときの相手とは距離があるとかそういうことではないです。

捉え方によってはキモいですが、「キャラクターによって一人称を使い分けている」とでも言うのでしょうか。

「俺」を使うとちょっと雑な、テンションの高い自分が演出されてる気がするし、

「僕」を使うと丁寧な、ローテンションな自分が表現されてる気がします。

丁寧な物腰で会話すべき相手が増えて、性格的にも多少丸くなったから「僕」の頻度が高まったのでしょうね。

 

敬語を使う時以外は無意識で使い分けているので明確には言えませんが、会話場面を思い返すとだいたいこんなですね。

けれどこの自分のキャラクターの演出なんで所詮自己満足でしかないし、周りからは違和感持たれていたら元も子もないです。そもそも「僕」がマイノリティな現実。

今度、人に聞いてみたいと思います。

 

いざ違和感あると言われても直す気はあまりないんですよね。

一人称が変わる自分が好き、みたいなところ、正直否めません。

そんな僕のナルシズムでこの話はおしまいです。

(ちなみに僕は自分の苗字と名前も好き)

 

 

こういち

虫歯の話

こんにちは。

 

 

なぜかこんなオシャレなカフェに来てしまいました。

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せっかくなのでひと記事書いてこうと思います。

 

 

4月の話なんですけど、ふと気がつくと奥歯に穴が空いていました。

欠けてるとかいうレベルの大きさじゃない、大きな穴です。

 

仕方ないので歯医者に行きました。

歯医者なんて数年ぶり、中学生以来な気がします。

行きつけの歯医者も特にない(記憶にない)ので親に渋谷の歯医者を紹介してもらいました。

高級住宅街の中にあるところだったので待合室にはマダムみたいなのしかいなくてだいぶ居心地悪かったです。

 

先生に診てもらってレントゲンも撮って、結果的にはただの虫歯だったんですけど、最近は凄いですね。

1回で治療が完了しちゃいました。

昔は虫歯の治療に2回は掛かってた記憶があります。

虫歯自体もだいぶ大きくて神経到達寸前だったんですがなんとか通常の治療で対処出来ました。

麻酔もしたので痛みもなく快適な治療でした。

 

そんなこんなで、

「一回で終わってラッキー」

「就活前にホワイトニングとかもしてもらおっかな」

とか考えてたんですけど、甘かったです。

 

先生に言われました。

「まだ虫歯っぽいところいくつかありますからね、とりあえず次回はクリーニングして…」

 

マジで?いくつか?

 

僕は「虫歯は感染病だから口の中に菌さえ入らなければ虫歯にならない」って考えでずっと生きてきて、正直毎晩歯磨き糸ようじ徹底!みたいな生活はしてこなかったんですよね。

完全にこの考えが崩されました。

自業自得とはいえ、口内虫歯だらけはかっこ悪いし、先生にも指導されました。

 

というわけで現在歯医者に通院中です。

先週に歯石とかいろいろ取ってもらって、また次回治療みたいな流れです。

結局虫歯もどきだっただけで新しい虫歯はなかったのでそれだけは助かりました。

 

やっぱり歯は一生ものなので大切にしないとダメですね。

虫歯も放置しすぎると神経が侵されて、脳にまで到達してしまうので本当に侮らない方がいいです。死にます。

全くもって僕が言えたことではないけども。

 

ということで謎にオシャレなカフェでパスタを食べてブログを書きました。

早く帰って歯磨きしたいと思います。

 

 

こういち

 

 

 

 

 

ひと段落しました。

こんばんわ。

 

結局ほとんどブログ書けてないですね。

今月微妙にずっと忙しくて、それを言い訳にしてたらもう月末です。

どちらかと言えば僕は暇な大学生の部類に入るんですけど、所属してるオーケストラのコンサートだったり、ゼミの研究発表だったり、古戦場とかいうグラブルのイベントだったりをこなしていたらこんなことになってしまいました。

 

6月はオーケストラの練習がなくなるのでだいぶ暇になります。多分。

ブログも出来るだけ書きたい。

具体的に2日に1記事とか決めると絶対達成できないんですけど、どうしても来年のクリスマスまでにキリのいい数字まで持っていきたいんですよね。

そこそこの記事数積み上げて、それをFacebookに叩きつけて学生生活を終えたい、という謎の願望があります。

雑にやってるのでその前に知り合いにバレないかビクビクしてますが。

 

今のところ書くネタには困ってないので、あとはもう少し気楽にパパッと書けるといいかなと。

でもまあ無理はせず、まずは長く続けることを考えていきたいです。

 

こういち

やり直しの話

こんにちは。

 

ぼくが中学生くらいの頃に見たアニメで「シュタインズゲート」ってのがあるんですけど、みなさん見たことありますか?

話は超簡単に言うと「過去に何度も戻って世界、大切な人を救う」って話です。

まあこう見るとありがちな話ぽく聞こえるかもしれないけど(実際映画「バタフライエフェクト」のパクリだろ、って批判はたまに見かける、全然似てないと思う)、なかなかラストとか熱くて面白いんで結構オススメです。

ぼくはこの間の春休みにアマゾンプライムでまとめて見返しました。

アマゾンプライムのオススメアニメも記事にしたいですね。

 

さて、今回のタイトルは「やり直し」です。

 

生きてて「あの時ああしとけば…!」みたいに思うことって死ぬほどあるし、その連続の上に生きてるとも言えると思います。

でも実際はSFみたいにタイムトラベル、タイムリープなんて出来ないし、現在もしくは未来で失敗を取り返すことしか出来ないんですよね。

 

それを分かっていても、昔に戻ってやり直したいと思うのはやめられません。

今の記憶のまま中学生に戻れたら…とかどうしても思ってしまいます。(俗に言う強くてニューゲーム)

ぼくはまだ若いですけど、それでもそれなりの数の後悔してきました。

現状を過去のせいにするのは悪い癖だとは分かっているんですけど、それでもやっぱり、やり直したいことはあるものです。

 

あの時ああしていれば、という話は結局は妄想の域を出ません。

妄想から現実に戻った時はやっぱり悲しい気持ちになってしまいます。

 

そんなことを数年繰り返してきたわけですけど、最近になって少し違う考えをするようになりました。

上に挙げた映画タイトルにもなっていますが、「バタフライエフェクト」という言葉があります。

ぼくは物理学とかタイムトラベルとかについて詳しいわけではないので雑な説明をしますと、

蝶の羽ばたき一つがどこか遠くで竜巻を引き起こす

つまりは過去を少しでも変えると、関係ないところまで大きく変わってしまう、というものです。

書きながら調べてたら案外難解な用語だったのでちゃんと知りたい人は調べてみてください。

 

で、バタフライエフェクトがどうしたかっていうと、過去に戻ってやり直したら今のぼくがいる現在とは大きく異なる「現在」が訪れてしまうのではないか?ということなんです。

その「現在」では今欲しいものが手に入るかもしれません。

でも今すでに持っている何かを失ってしまう可能性もあるわけです。

大切な人のために過去に戻ってやり直して、そしたらその人と知り合いにすらならない「現在」が訪れるかもしれないのです。

それってすごい悲しいな、と思うんですよね。

そうまでしてでもやり直したいことって、まだぼくには無いのかもしれません。

欲しいものがあるならこの現在で勝負してかないといけないみたいです。

 

こんなことを、LiSAの「Catch the Moment」を聴いて思わされました。

https://www.youtube.com/watch?v=pudLJ-L9ZI8&feature=share

 

やり直しの話、これでおしまいです。

 

 

こういち